2013年4月7日日曜日

大門庵日記 2013/4/7

朝、7時過ぎに起床。外は風は強そうなものの快晴。 昨晩は、嵐の中、鎌倉の元嫁に明け渡した家から、22時過ぎに帰宅。疲れてそのまま寝てしまった。救いだったのは娘も息子も、私に対して全く悪い感情を抱いていないこと。息子は「今住んでいるのは神奈川?東京?最寄りの駅はどこなんだ?」などと聞いてくるし、娘も「明日もパパおうちに来る?」と聞いてくるし、まあ、まだ彼らにとっては、家族の一員と思われているんだな。 さて、あくる今日の日は朝から、先週の残りのカレーを食す。朝ぶろに入って9時過ぎから試験勉強。あっという間に一時間半がたったので、一週間分の食材を買い出しに海側のスーパーに向かう。今日、明日、それと今週のどこかで晩はおでんと決めた。あとは焼きそばとかまあ、自分でできる範囲で合計3000円程度の出費。酒がないと食費も安いな。昼は残っていた水菜を卵でとじたものを、温めた冷凍うどんのかけうどんに載せ、後は朝の残りの飯を食ってとにかく残り物を無くす。昼飯を食ってしばらくしてから、今日の夕飯のおでんを仕込む。そろそろ仕込みが終わった13時半頃、外が喧しいので何事かとベランダから覗くと、何だか行進が。。。 カメラを持って家を飛び出して見に行くと、増上寺の日中法要とのことで、まあ賑やかなこと。けど、大門庵に住んでいないと、こんな行事は一生、見られなかっただろうなと思う。たとえ鎌倉に住んでいようが、寺なんか近所になければわざわざ訪れないのと変わりがない。 まあ増上寺の真ん前に住んでいるから、煩悩だらけの身ではあっても、こんな行事にも縁ができるんやな。 14時過ぎから、1時間程度、都内をブラブラして(これはもう一つの版に任せる)、また芝に戻ってきたのが16時前。港区の図書館に行って、仕事の本を立ち読みしていたら(図書館なので立ち読みってのは不適切な表現だが)直ぐに17時になってしまい追い出される。家に帰って、おでんに最後の一煮立で火を点けて、夕方から麦酒を飲む。幸せな日曜日。

大門庵日記 2013/4/5

今日は朝から休んで、鎌倉の娘の小学校の入学式に向かう。 10時30日分の開始だったが、バスの便が悪く、ちょっと遅刻してしまった。 昨日から「あんたなんかといっしょに座らない」と元嫁から言われていたので、一人で壁際に陣取る。 娘は一年二組。もう二か月も前から、ランドセルを買ってもらって学校に行くことを楽しみにしていたので、ようやく念願が叶った訳だ。 本当に希望一杯だなぁ。学校に行くのが楽しいなんて、羨ましいなぁ。少なくとも、親父は、小学校の入学時に楽しいなんて、思ったことがないのは自信をもって言える。あのころから、天邪鬼であっただったんだなぁこの親父は。 先生達の話があって、PTA会長の話があって、来賓の話がひとしきり有って、娘が担任の先生に連れて行かれたのを見とどけて、学校を出る。次は、大船駅の近所の三年来通っている病院に行く。14時半から造影剤CT検査。数年前から左肩から首筋にかけての痛みがあり、気になって仕方がなく、2010年の結核?の入院以来、定期的に状況をみせにきている、この病院で検査をして貰う。 検査が終わったのが15時。支払いを待っている間に、久しぶりにKZから「今日はいかがか」とメールが届く。一旦、大門庵に帰り、洗濯を済ましてから、歩いて新橋に向かう。19時まえから立呑み「竜馬」で飲み始め、22時前に解散。明日は、ひさしぶりに子供達に会いに再び鎌倉に行く。

2013年3月31日日曜日

大門庵日記 2013/3/31

朝、8時に起床。小雨模様。朝飯をセットしていなかったのでコメを炊いている間に、洗濯、朝風呂。10時半過ぎから試験勉強をして、昼過ぎ終了。昼飯を食べに外に出る。曇り。お茶の水のスポーツ用品店に行きたくて、外に出たものの定期を庵に忘れたことに気づき、逡巡したが、そのまま行けるところまで歩いて行ってみよう。新橋を越え、有楽町を越え、日比谷公園あたりで何だか機動隊が出て不穏な動き。国会議事堂の方で何かやっているのが目に入ったが、街宣車とかが出ていて嫌な雰囲気。角にあった日比谷の交番で御茶ノ水までの距離を聞く。何と2㎞ちょっととの返事なので、そのまま歩いていくこととする。1997年に嫌々ながら社命で関東に出てきて、埼玉を皮切りに、国分寺、鎌倉と移り住み、今や何を思ったのか、こんな首都のど真ん中を休日に、家から散歩できる距離に住むことになるとは思っていなかった。御茶ノ水までは約一時間歩いて13時30分に到着。今年こそは富士山に登りたい、そして山を再開したくて、久しぶりに山用品屋をハシゴする。とは言っても高いな山用品は。素材もペラペラやゴワゴワのナイロンや、皮だけだった昔とは違い、色んな素材で作られる様になったんだなと、時代の流れを感じる。ついでにランニングも始めたいのでランニング用品も見に行く。こっちも綿だけだった昔とは隔世の感あり。まだ新生活が始まったばかりなので、今日は見るだけで帰る。帰りも歩いて丁度45分だった。不思議と疲れはなかったが明日以降に筋肉痛が出たら嫌だなぁ。来週は子供に会いに行こう。写真は途中で撮った花々。東京は緑が多いわ。

2013年3月30日土曜日

大門庵日記 2013/3/30

昨日の晩、「明日は子供達に会いに来るのも来ないのも勝手にしろ」との前嫁からのメールに逡巡した挙句、「明日は行きません」と」返していた。会いたいのは山々なのだが、十日前に引っ越してきて、荷物も解いていない、今日は一日、身の回りの整理と決めて、折角の面会の機会であったが断ってしまった。朝、7時半に目覚める。前の家なら、嫁が店に出勤する朝9時前までは、親父は自室に閉じこもってまだ眠っていた時間だ。晴れて、朝早く起きても咎められない身分になった。朝から自分でゆでた釜玉うどんと、昨日の晩の残りの炊き込み御飯、味噌汁で腹一杯の食事とする。外は曇り、天気予報では終日曇りで三月だというのに12℃程度とのこと。一週間で春が来て、またしても遠のく天候を繰り返している。風呂に入り、三日分の洗濯をしてから部屋の整理を始める、段ボール箱6箱に入っているのは本、捨てられない雑誌類、過去の写真、CD、DVDの類。後はかなり捨てたはずだが、捨てられず残った小物が段ボール箱に3箱。とりあえず本雑誌の類は、中身を出して壁際に並べる、DVDやCDの類は一つの段ボール箱に整理しなおして入れ、残りの小物も箱に詰めなおす。これで小物類は3箱から2箱になった。野宿道具が1K庵時代にIKEAで購入した木箱に1箱+αだったので、いつも自分の身の回り品は、本、雑誌も含めこの木箱に8箱程度を目安に標準化していると今後の宿借り生活での移動も楽だろうな。昼前に漸く部屋の整理が終了。一週間分の食材をまとめ買いするために駅から海側にあるスーパーに行く。今日、明日は寒いので鍋にしよう。帰って来て、昼は再び、うどんと炊き込み御飯。常にうどんがベースやな。昼から一段落して、近所に桜を見に行く、御成門近辺の公園を、ぷらぷらと桜を探して歩く。増上寺あたりの桜は、転居してきた頃にちょうど満開だったので、既に葉桜になりかけているが、このあたりはまだ満開に近い。家からビールを持ってきたので、暫しベンチに座って観桜会。それにしても寒く、ビールでさらに寒くなったので、公園内にあり偶然見つけた区の図書館で温まる。こんな近所に図書館があるのはこの先楽しみだ。しばらくそのあたりを散歩して、家に帰ったのは5時前。その間に、実兄から実家の隣のおばさんが亡くなったとメールがある。今はなき実母が入院していたとき、母のことを気遣い、父のことを気遣い、色々と顔を出してくれ、お世話になった方なのだが、先週、実父の見舞いに行った際、息子さんから危篤と聞いて心配していたのだが、遂に亡くなられてしまった。こうやって父や母の世代の方が一人また一人と旅立たれていくのは本当に残念でならない。夕飯は鍋、久しぶりの鍋だ。それにしてももう4月だというのに寒い。明日は雨とのことで、明日は隠れ家に引きこもりか。。。。

2013年3月29日金曜日

離婚決定

朝から関内のYMCに行く。最後の調停日。 10時に調停開始。 裁判所がやることなので、法的効力のある正式な調停文書を作る。 まあ作るとはいっても調停員が頭をひねって文案を練る訳で、申立人としては、その間待っているだけなのだが。 家も自家用車も全て譲渡するので、その所有権の譲渡関係と、親権の関係、養育費の支払い、面会権。その他住宅ローンの不払い時の明け渡しの明記、相手の開業資金の借入時の連帯保証人の私には、相手が誠意ある対応をし、一切迷惑をかけません旨の宣言文。 以上が調停文書の内容。 最後に裁判官と書記官が出てきて、申立人の私と、相手方である嫁が同席した上で、裁判官が内容を読む。 文面に同意なら、印鑑を押捺して、印紙750円を買ってきて提出してそれで終了。 離婚届を各々で署名捺印するのだと思っていたら、そんなことは一切なく、これにて調停離婚が正式に決定し、完了。 あっけないと言えば余りにもあっけないエンディングだが、2013年3月29日。晴れて離婚と相成りました。 長かった戦いに幕。

2013年3月22日金曜日

断捨離

友人の英蟯虫がブログで書いている。 断捨離。 人それぞれ、色んな意味での断捨離がある。 私の場合は、その対象が「夫婦の縁」であった。 葛藤はある、子供たちの将来を考えると本当にその選択が正しかったのか、自分の心の中に永遠に後悔は残る。 だが、自分の選択が正しかったと信じたい。 少なくとも、私が信じていた夫婦の姿は、苦しくても助け合い、思いあい、愛する家族の一員、パートナーとしての相方の尊厳を大切にすることが基本であった。 奪い合い、食い合い、人を押しのけても生きていくことが「あるべき姿」となりつつある、この狭い惑星の中の人間の世界。 その中で、家族と言う最小単位の集合体の中心となる夫婦が、欲望のまま、金銭的な価値感という矮小化された世界で語られるものではなかった。 私の今回の「断捨離」の選択を、いつの日にか子供達が理解してくれるならば、意味がある断捨離になるのだと思う。 今はただ、十年後、二十年後の子供達の評価に任せたい。

2013年3月21日木曜日

家出完了

昨晩(3/19)22時に帰宅、最後の荷造りと長男への誕生日の贈り物、長女への小学校入学祝いを彼らの机に置いて餞別とする。
健康に気をつけて、よく考えて行動する人間になってくれ。

そして家出実行日、早朝から都内に移動、ワンボックスバンを借りて再び自宅に向かう。
10時過ぎに自宅着、事前に相手方と示し合わせていた通り、相手方は子供達を連れて出かけているのを確認し自分の荷物を運び出す。
結婚し、そて別れるまでの間、12年、初めて息の合った連係プレーだとは皮肉なものだ。

近所のホームセンターで、これからの生活に使う、生活日用品などを購入してから、都内某所にむけ東進。
途中で遅めの昼飯などをたべながらの移動なので、転居先に着いたのは16時過ぎ。
荷物をは運びこんだらもう17時であった。

これにて家出完了。

子供達を残して来たことが心苦しい。
これから後の彼らの生活を考えると、経済的に苦労をするのは目に見えていて、自分だけ逃げて来た様に思え、本当にすまない気持ちでいっぱいではある。
だが、お父さんは、君たちのお母さんの言動に耐えられなかったのだ、いずれ君達にもわかる時がきっと来ると信じている。

今度の隠れ家の目と鼻の先が、あの有名な増上寺である。
最近の急な温かさで、今日あたり例年より早く桜がどこも一気に咲き始めたが、増上寺に桜もほぼ七分以上は咲いたようだ。
人生四十九回目の桜の季節を、家出先で迎えることになるとは思ってもいなかった。

色々な思いとの別れ、そして新たな人生の始まりの春。