2009年12月8日火曜日

そう言えば安定剤

既に一週間が過ぎようかとしているが、、、、、先週の水曜日、詳しく言えば12/3(水)。
遂に齢46に到達。

漸くと言うか、あっという間と言うか、、、あと4年もすれば男50歳なのである。
(そんな事は小学生でも計算できるのだが・・・・)

別に自分の誕生日を忘れていたわけでも何でもないが、今年の最後の4ヶ月。
正確に言えば9月後半からこのかた、ある仕事上の事件を切欠に、今まで既に悪かった状況が更に悪くなっていて、自分のことに構っていられない自分がいるのである。

始末の悪いコンバーター、動かないベンダー、理解しないセンター、他人事のメンバー、ダメ出しばかりのマネージャー、人を使いこなせないリーダー(これ自分ね)

中でも性質の悪いのは前者二者。
物理的に悪い状況を、更に精神的に最悪の状態に仕上げてくれたのが三番目。
何で奴等はいつも「上から眼線」なんだろう。

所詮てめぇも、他人の所為ばかりにして自分で自分を慰めているしがない中年と言われそうだが。
自分の所為でもありゃしない。

要はたとえばトラブルであっても、失敗であっても、取り巻く環境によって「前向き」に捉えられるか、「後ろ向き」に捉えられるかの違いでないかと思う。
それは国民性しかり、地域性しかり、組織の社風や風土、雰囲気しかり、同じ仕事にかける利害関係者しかり。

本当のところ、皆が皆、勝間erみたいになったら大変なんだが。。。
どうも皆、本気で勝間erを目指すもんだから、性質が悪い。
で、勝馬erに乗った気でいるから、つける薬がない。

所詮、劇だと割り切らなきゃ。

2009年9月6日日曜日

今年も秋旅

今日は一日、郊外の公園で過ごした。
気温は高いが、湿気の無い北海道の夏のような天気。
そういえば、空はもう秋だ!

友人Eはこの秋空の下、今週は西に向かっているらしい。
もう夏も終わりの旅だ。

ところで、今年の秋旅をどうしようかと思う。
今年は9月に5日間の秋休み。
日頃の努力の甲斐もあり、二日の自由を得たばかり。

西に向かうか、或いは男は黙って北に向かうのか?
秋旅計画は始まったばかり・・・・・

2009年8月30日日曜日

投票には行った!!

けど、白票を投じてきた。

わざわざ足を運んでまで白票を投じてきたのには理由がある。

その理由は別途書くが。

まぁ白けてるやん。
どっちがやっても一緒やろ今のこの国は。
米合州国で無いんだし、二大政党になる位、民主主義って単純なもんなんか?
それが或る意味理由やな。

2009年8月15日土曜日

サマーツアー09











2009/8/7

只管移動のサマーツアーが始まった。
今年も、計画を練ったのはツアコンの経験もある女房である。
初日は近場の箱根まで、朝7時に朝食抜きで車で移動を開始して、西湘バイパスで休憩してと初日は
楽勝。朝の早い時間に温泉とプールの混じった様な施設に入る。朝から熱気味だった息子の調子を見ながら遊ぼうと思っていたが、結局息子も着いて早々裸になって遊んでいた。午後は芦ノ湖畔に移動。西武系のバンガロー(食事つき)で上げ膳据え膳。昔はこんな旅、絶対にしなかっただろうが、やってみれば面白いもんだ。

本日の移動距離 約80km

2009/8/8

朝から温泉に入る。今日は車を使わない。当初は箱根駒ケ岳までロープウェイで上がって、そこから息子と大湧谷まで縦走の筈だったが、息子の調子がイマイチ上がらないので、縦走は断念。ロープウェイで一気に駆け上がった駒ケ岳山頂には神社と独特な形をしたロープウェイの駅がぽつねんと有るだけ。駒ケ岳にロープウェイで登った後は、バス&ロープウェイで噴煙立ち上る大涌谷へ。
有名な黒い卵は買わないが、作っている所だけはしっかりと見た。元々、関西人だし、学生時代山に登っていたと言っても噴煙立ち上る所なんかには行った事がないので、関東人の人気スポットが大湧谷である理由が何となくわかる気がした。

本日の移動距離 約15km位?(車使わず)


































2009/8/9

箱根から関西まで走る。箱根を9時過ぎに出て、沼津から東名高速に乗り、只管西進。高速に乗っていつも思うのは、豊田のα度とか日産のL運動場とかの箱みたいな馬鹿でかいヤンキー車の性質の悪さ。平気で左から延々と抜く、急に割り込む、ウィンカーを点けない。恐らくヤンキー全盛期だった同年齢の連中のチョイ悪気取りの馬鹿親父が乗っているのだろうが、頭の悪さを地で行くような走りやな。途中、名古屋から新名神に入った辺りで曇りから雨に変わり、京都で名神を下りてR171にスイッチした頃にはかなり強い降りだった。夜8時過ぎ西宮着。息子も娘も女房も「おやすみなさい」の後は暴睡!

本日の移動距離 約500km

2009/8/10

西宮から倉敷に移動。山陽道はかなりの土砂降り、道路の注意表示から兵庫県西部の豪雨被害を知る。何せ、8/7晩からまともに巷のニュースに触れていないので、、、。子供達は爺さん、婆さんとは久しぶりの再会。特に下の娘は今が一番かわいい時期なので、爺さん、婆さんにも、娘にも良い思い出になったのでは?夕方、雨が上がったところで息子と裏庭に蝉取りに出かけるも、今年は暑い夏が来るのが遅かったからか、絶対数が猛暑の昨年に比して少ない気がした。

本日の移動距離 約190km

2009/8/11

朝から婆ちゃんが震度6だと大騒ぎ。昼過ぎに長兄が一人で滋賀より新幹線で帰って来た。東海道新幹線は殆ど動いていないとのこと。東名上り線の崩落もニュースで知ったが、まあ何とかなるだろうと考えていた。久しぶりに伯父さんに会う息子はちょっと照れながら何かを話そうとしている。一方、娘は自分の親父と同じ雰囲気のどこかのおじさんに直ぐに慣れ絵本を読んで貰っている。子は親の鏡やね、オイラと女房の性格がそのまま子供達に投影された感じ。午後早くに山陽道にて移動を開始、夕刻に西宮着。

本日の移動距離 約190km



















2009/8/12

この日は義母方の祖母の初盆。朝早くから義父だけを家に残し、家族四人と義母で京都に移動。予定より早く着いたが坊主が遅れ、11時過ぎから漸く読経が始まる。真宗の「ありがたいお話」をしていった坊主は「忙しいんですわ」と言いながら、日産風雅で次の檀家に向かっていった。彼の仏道は確実に煩悩に裏打ちされている様ですな。
折角京都まで来たのだからと、ホテルで叔母にお昼をご馳走になって、これまた折角京都まで来たのだからと嵐山に向かう。息子は初めての嵐電に大興奮。

本日の移動距離 約180km























2009/8/12 

西宮を出たのは朝10時半。今日は女房子供を残し、独りで自宅に帰る。
名神吹田から乗った時は順調だった。京滋バイパスで若干混んだ程度で、新名神~東名にスイッチするもまずは順調に流れていた。わざわざ中央道に逃げる必要は無いと、そのまま東名に乗り続けたのが運の尽き。通行止め区間の始まる袋井の一つ手前、磐田で下りたらR1は大渋滞。それでも大井川までは1時間半以上かけて進んできたが、大井川の手前で県道にスイッチしたのが大誤算、結局川を渡るのに3時間半も掛かってしまった。静岡県を抜けるのに合計6時間半かけて、自宅着は夜10時半。
まる半日走り続け、CO2を排出しまくりの最終日。

本日の移動距離 約500km

2009年6月30日火曜日

大磯Midnight(2009/6/23)

憂鬱の火曜。
18時過ぎに御本社様で報告会が終わる。
まだ仕事をしようと偶然空いている席に座ったら真正面に相棒KZが居た。
迷わず新橋の例の店に繰り出す。財布の中身は野口英世が二枚。
全財産を籠に入れて飲み始めたのは確か19時。
一杯が二杯、二杯が三杯になるのは世の常。
いつしか生麦酒が焼酎に変わり、これまた一杯が二杯、二杯が三杯。
店主お勧めの「兼八」「瀞々」の最後の二杯が効いた。

23時過ぎに新橋から電車に乗ったのは憶えている。
横浜で満員の中、眼の前の席が空いたので座ったのも憶えている。
次に眼が覚めた時には既に4人がけボックス席に人は居なかった。
窓から見えたのは「ひ・ら・つ・か」???「平塚」!
降りようにも電車は既に走り出した後。
次に停まったのは「おおいそ」。
そうよ、あのOISOロングビーチの「大磯」。

乗越精算は400円だが、財布に僅かに残ったのは300円。
「有るだけでいい」と言う駅員になけなしの金を払い、駅前に出たのだが、なーんも無いのである。
ビジネスホテルも無ければ店も無い。
停まったタクシーに乗ろうとして、カードが使えるかを聞くと「使えない」の一言。
偶然見つけた駅横のコンビニのATMに気づいて金を卸そうとしても、ATMは取引中止。
壊れているのかと思ったら、24時過ぎは使えないそうなのだ。
何が「便利商店」だ!糞コンビニ!

ついこの前、しんちゃんのオヤジ野原ひろしが「はてかすかべ」まで乗り過ごしたのを見てウチの
子供にうけていたが、同じ事を自分ちのオヤジがやっているのだ。

金も無い、行く当ても無い、大磯25時。
ロングビーチから吹く風は思ったより寒かった。

2009年6月20日土曜日

栄螺さん症候群

サザエさん症候群が激しい。日曜日はサザエさんどころでなく正午を過ぎると気分が憂鬱になる。23時頃に寝床に着くが中々寝付けず眼が覚めるのはいつも4時。そこからはもう眠れない。あの計画をどうしよう、この案件はまったく進捗していない、先週も何も進まなかったと自分に言い訳をしている内に朝が来る。月曜出勤時は非常に低血圧。出勤の電車の中では眠れもしないのに只管、眼を瞑る。まるで何も進まない現実から只管逃れるがごとく眼を瞑る。漢字で書けば瞑想となるが、そんな良いものではない。憂鬱度が一番高いのが月曜と火曜、火曜の夕刻の報告会が一番辛い。水曜を過ぎると憂鬱は幾分和らぐのだが、今度は帰れない日が続く。これでは単身赴任時代となんら変わらない。唯一の幸せは金曜日、夕刻から新橋で一献を傾ける時間。

2009年6月9日火曜日

反骨鬱士

我々の合言葉は「反骨」

今までの我々の半生の付き合いの中で思うこと=貴殿は「反骨」の鑑。

長いものには捲かれない。短いものには流されない。

世の中太古の昔から、抗して、抗い、現状を肯定しない事が変化を起こす

頼朝然り、信長然り、龍馬然り、佐藤中将然り、ゲバラ然り。

決して悩むことは無い。我々がついている。その名も「駅前」。

「反骨鬱士」

我々、駅前の誇り。

**待て!!次号**