2009年2月1日日曜日

自宅PCぶっ壊れ

早いもので今年ももう二月。昨日まで遅いながらもまあ元気に動いていた自宅PCだが、昨晩TVからHDDにドラマを録画をしてから調子が悪い。窓XPの立ち上がりで直ぐ再起動が掛かる。どうやらセキュリティソフトが悪い作用を及ぼしているような気がするが、、、原因不明。セーフモードで立ち上げて、ベリファイだの何だのやったら一瞬直ったみたいに見えたのだが、再起動するとまた没!何なんだこれ?休日の昼間からずっと仕事みたいにPCの復旧に取り掛かっている・・・(因みにこの日記は修復中、セーフモードで書いた)

2009年1月21日水曜日

その朝は号外が配られた

朝、JR駅前で号外が配られていた。

昨日は呑んで帰り、小浜の就任演説は生で見れず。米帝の最高権力者の就任演説なんてどうと言って今まで興味も持っていなかったが、小浜の就任演説だけは歴史の転換期を見とかねばと言う気が働いた。まぁ彼の出し物は色々あって何が成功して何が失敗するかなんて解らないが、確実に期待するのはグリーンニューディール。奴等のエネルギー意識が変われば、幾分かは人類は長生き出来るかも知れない。

それにしても、「小浜は英語がうめぇなぁ~」なんて脳天気な事を言う、支持率最低の「国語も出来ない馬鹿宰相」はこの小浜人気をどう見ているのか?本当にタダ単に羨んで見てるだけなんだろうが・・・・・

2009年1月19日月曜日

新橋で再開(2009/1/16)

前々日、突如、友人英からドサの報。
週末金曜日はほぼ100%空いている、しかもこの日は幸運にも午後から上司が外出。
とは言っても呑めるのは長くても約一時間半、定時になって卓球脱出!で新橋へ。
SL広場前で待ち合わせ、立呑みでなく座れる店で鍋をやる。
最終新幹線に間に合うよう20時前には英とMサンは帰り、残ったのはOサンと私。
実はコンピュータ黎明期の経験者Oサンとは初対面なのだが、この後22時半過ぎまで焼酎ロックを呑みながら色々な事を話したのである。いやぁ面白い出会いでした。

2009年1月15日木曜日

2009年通勤風景(2009/1/8)

朝、横浜までの東海道線の中でまだ黎明の車窓を眺めていたら「カタカタカタ」と不快な連続音。車内で不快な音といえば一に携帯の会話、二にウォークマン(既に死語!)と言うかiPOD位なものなので、「何だぁ?」と思って音の方向に眼を見向けると、コートとスーツを着た見るからに会社員風の男が射るような(けどどこか生気の無い)眼差しでポータブルゲーム機を見つめ、左右の指を動かしていた。
なーにゲームごときに真剣になってるんだよ?と思うよりも先に、どうみてもこいつは馬鹿にしか見えなかった。
続く地下鉄の中でも、前に座った学生風の奴が、これまた魚の腐ったような眼でポータブルゲーム機を叩きまくっている。

たまたまほぼ同じ時期に英蟯虫が日記で書いている。
http://www2.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=167400&log=20090106

同じことが携帯電話でも言えると思う。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090112-00000021-maiall-soci

ゲーム機も携帯電話もオイラに言わせても社会悪。
企業は利益さえ出れば、何を作っても売っても良いのか?と思う。
企業の本質は利益を生むことだが、その存在価値は社会的な貢献、社会に利益をもたらす事にこそ見出せると思う。
馬鹿を生むゲーム機や、携帯電話を作っている会社が、馬鹿を拡大させていることにPL法を問う事が出来るなら、もっと社会から「どうしようもない馬鹿」が減っているだろうにと思う。

2009年1月13日火曜日

立呑酒乱(新橋「龍馬」2009/1/9)

新年最初の週末である。まだ年始の計も立てていないが、そんな事はお構い無しに呑みに行く。相棒ははるばる千葉県からやって来るので出だしはちょっと遅れて20時過ぎ。生憎の雨で寒いSL広場で待ち合わせいつもの「龍馬」へ。何時にもまして混んでいたが、あのブレーカートリップの一件があってから常連と認められているので(こっそりドリアンと呼んでいる)店の兄ちゃんが気を利かせてくれて少し狭いが二人分の隙間を奥のカウンターに空けてくれた。まずは生ビール中で年始の乾杯。肴はカマトロ刺し、鶏南蛮。お互いの正月の話をしながら生中は二杯で止めて、芋に移行、名前は「佐藤」だったか何だったか思い出せないが其々水割りにしてもらい都合三杯。最後は焼きそばで〆る。今日はどんな話だったっけ?正月の話はしたが、その後はぞろ目ナンバーの話だったっけ?まあいつもの様に何度も同じ事を話しているのだが、すっかり忘れてしまうので翌週も同じ話題で呑めるのである、、、。けど他は何の話ししたんやったかな。ホンマ忘れてるわ。

2009年1月12日月曜日

2009年通勤風景(その1)(2009/1/6)

年始から強盗慶太の敷設した東横線で通っている。(この選択にはまあ色んな意味があるのだが)この日も横浜から乗った。ちょっと狭いなと思った4人掛け+3人掛けの7人掛けの席のうちの4人掛けの席の方に座る。

体質的とかそんな言い訳は効かないほどの自制心の無い型肥満のオッサンが左に居る事が大体狭いのだが、右のOLか学生の若い女が自らの横にプラスチック製のブリーフケースを置いているのが狭いのを益々狭くしている。こちらが腰掛けると、若い女はそれに反応するように明らかに故意にブリーフケースをグイグイと押し、出て行けと言わんばかりの行動に出る。「鬱陶しいな~」と思っていたら、今度は左の肥満が明らかに故意に肘を突き出してくる。

二、三駅こんな奴等に挟まれながら不愉快な気持ちでいたが、不意にそんな自分が馬鹿馬鹿しくなった。

まるでこれじゃあデブがエジプトで、女がレバノンかヨルダンかシリアで、女のブリーフケースがガザ地区で、オイラがイスラエルみたいな構図ぢゃん。オイラから見ればオイラがガザ地区で、デブが米帝で女が英帝で、ブリーフケースがイスラエルやねんけどな。
自分達の縄張り争いに汲々とするのは、悲しいかな人間の生まれもってのサガなのかも知れない。
そうか!その心理をゲームにしたのがイス取りゲームなわけやな。

因みに、隣の女に「カバンは網棚に置かれたら如何ですか?」と言ったが無視された。因みにこの女はセレブに人気の自由が丘で降りていった。隣のデブは狸寝入りを決め込んでいたが、次の駅で隅の席にヨタヨタと移動していった。

強欲な奴はいつでも、どこでも強欲である。人に合わせる、人と分かち合うと言うのをしらない。
しかしながら強欲な割りに電車で通っているわけだから、どうも強欲が収入とかで実を結んだことが無いようだ。
己を知れ!この強欲!

2009年1月5日月曜日

仕事始め

さあ2009年の仕事始めである。
昨秋、丹波の山中の現場処理から再び、混沌と強欲の象徴、温室効果ガス垂れ流しの象徴「大東京」の「ご本社様」に転勤して来てから、「現場処理」と言う最も金儲けに無縁な業務の「金儲けモデル」をY課長と考えていたが、果たして今月が「金儲けモデル」化の白黒がハッキリする勝負の月なのである。金儲けに無縁な業務の「金儲けモデル」なんて、成立しても左団扇で暮らせる程の利益にも繋がらないが、実は我々には「金儲けモデル化」以前の使命がこのミッションには隠されているのである。この「金儲けモデル」化が成立しない場合、最悪の場合は現場処理及びその周辺技術部門の連中、それは数にして最小4名~最大30名ほど、更に言えば彼等の家族を含めれば約100名弱の将来を路頭に迷わす結果に陥る可能性がある。だからこそ我々は真面目にこのミッションに(多少、資料作りに飽きながらも・・・)取り組んでいるのであるが、、、、正月明けは確かに低血圧状態。思考力が働かないので早々に退社。

で、新年明けの今日から時間が掛かるが安い通勤ルートに切り替えたので、強盗慶太の敷設した私鉄で渋谷から横浜へ。
横浜の紀ノ国屋書店で探していた本をゲット

http://kappa-novels.com/shinkan/200505/05_02.html

新年早々は横山秀夫から始めるのである。

閑話休題
昨日、もう一方の板に書いたら早速に180km/h→108km/hに変わっていた

http://www.ekimaerindows.com/diary/diaryindex.html

友人Eの細かい配慮に感謝。